2011-07-31

yokkoのチャリティライブ

栗城さんの講演で一緒だった大阪出身のシンガーであり、現在es-edge storeで2人組みのユニットで活躍中のyokkoが東京で東日本大震災復興支援チャリティライブを開催しました。

というのでライブの前日にランチしながら最近の近況など楽しいお話しをさせていただきました。

ライブは渋谷 club asiaで行われ、たくさんのアーティストが参加していました。


それぞれが自分の得意なことで社会貢献していく。震災から4ヶ月を過ぎた今は、単なるボランティア活動というだけでなく、ビジネスを継続して支援していく。そういった視点が大切になるのではないでしょうか。

自分の好きなことをやっていると、内面から立ち上がってくるエネルギーがとてつもなく高い。
だから人の心を打つんだろうな。

久しぶりにシルフィードの中野さんや一郎さんにも会えました。


2011-07-29

学校の授業風景

先日、文化学園大学で講師をさせていただきました。

タイトルは「ファッションビジネスの起業」というテーマでした。年に一度くらい様々な学校でこのような活動をしています。

やはり後進の育成は企業にとっても社会にとっても大切なことだと思います。
少しばかりの経験を他の誰かに伝えることで、新しい事業を創り出すことができたら、日本経済にとって素晴らしいことだと思います。


折りしも4月に入社した社員は一年間、私が中心となって指導する鹿島塾ならぬ新人教育を受けることになっています。その中で新しい市場に出店する時にどのような事を見てゆくべきなのか?という内容をやりました。そこで新入社員の提案が素晴らしい内容であったことと、学生と年齢の近い社会人先輩がどのような目線で仕事に取り組んでいるのか見せてあげるのが一番の授業と思って、私の社員も授業に連れて行きました。

彼らのプレゼンテーションも交えての授業に・・・
起業って難しくないんです・・・から始まり、どのようなことを重要なポイントと思っていくのか?まさに私の社長としての判断がどのようなところにあるのかを経験を踏まえてお話させていただきました。



学生さんは将来の業界を担ってゆく夢のある人財です。私が同じ20歳だった頃と重ね合わせてみると、感慨深いものがあります。だれもが同じ悩みや苦労を抱えてを社会に飛び出していくのです。

最後に学生達に一言、お客様がわくわく、ドキドキしてくれるようなお店を・・・
いやお店だけでなく、わくわくドキドキする世の中を作りましょう。(ドキドキはいらないかな?)

2011-07-27

穂高岳縦走 VOl.2

翌日仲間に起こされたのは4時・・・外をみると、おや随分とテントがない。薄明かりの中で上っていくパーティが見えました。そういうことか、みんな早いですね。
 
さて朝の荘厳な空を眺めていると、あれ?昨日のひざが動かない!やばい。痛いし思ったように動かない。おまけに薬とサポーターと両方忘れた・・・ここからが一番良い所なのに。どうなっているんだ。無理して滑落なんて大変、もちろん落石なんかしてしまったら大迷惑。ということで、今日は隊長に言って、私はベースキャンプ守備隊長に任命されました。

息子も含めて朝6時過ぎには全員を送り出しました。
隊長は北穂高から最低コルを通って涸沢岳を抜けて穂高岳山荘まで縦走、最後に涸沢小屋に降りてくるルート。時間があれば奥穂高3190mまでチャレンジ。結局彼らはなんと6時間で回ってきました。



かなりのハイペースです。素晴らしい眺めを堪能したそうです。ここで学び・・・必ずトランシーバーと双眼鏡は必携しましょう。さてそれからはテントを撤収して下山。夕方遅くに出発点の上高地へ。温泉で汗を流し東京へ帰ってきました。



息子は初めての登山をしっかり経験しました。私ができなかったことをやり遂げることができました。この事で大きな自信と誇りが芽生えたのではないでしょうか・・・そんな目をしています。何より体験が人を成長させるのです。私は、このままでは引き下がれません。この夏のうちにリベンジをかける予定。

今週も忙しい中(展示会など)、待ちに待ったSurf Dayがあります。このブログでも書いてあるとおり、私の起業の原点。それは豊かなライフスタイルを実際の時間を使う中で美しい自然を共有していくことは、とても大切なことだと思っています。

2011-07-26

穂高岳縦走 VOl.1

週末は待ちに待った?穂高岳、北アルプスに登山に行ってきました。多少山登り程度の経験はありましたが山岳キャンプ、縦走と聞いたら私の冒険心がうずきだし本格的にチャレンジすることに。小さいころから登山が大好きだったという長澤くんたちと北アルプスへと金曜の仕事が終わって出発。

松本で一泊のち早朝より上高地へ。
沢渡の駐車場に車を止めていざ上高地へ。ご存知のように上高地はマイカー規制があり直接は乗り入れができません。人数が5人だったので安いタクシーを選択して。
すると、運転手さんから、そのコースはベテランでもちょっときついのでは・・・とのアドバイス。大丈夫だろうか??

今回は中学生の息子も初挑戦。上高地に7時には到着して、さあいよいよ出発。台風一過の最高の天気に恵まれ白樺林を歩き始めました。

この景色と空気を味わうだけでも上高地を訪れる価値はあります。
河童橋、明神、徳沢、横尾とそれぞれがキャンプ場では多くの人がキャンプをしていました。
下の方は登山ではなくてキャンプ目的の人も多いです。
最近のオートキャンプ等を見ていると、何でもかんでも車に詰めて大型のテント、続くリビングテーブルにチェアー、さらに一部には、発電機にレンジも持ってきていて家が一軒引っ越してきたような人もいました。ちょっと違和感を感じます。普段と違う非日常がいいのでは・・・?

さて、最後の平坦地の横尾山荘をでるといっきに上りになります。
途中で休憩した本谷橋を渡った川の水の驚くほどの冷たいこと。後にわかることになったのですが、雪解けの水だそうです。暑くなった足を数秒つけただけで涙が出そうなくらいしびれました。
これから目指す涸沢は雪渓で有名なところ。

すでに歩き始めて6時間が過ぎている所で予定時間を大幅にオーバー。事前の準備と情報が足りなかったと反省。


涸沢ロッジからさらに奥穂高山荘まで行ってキャンプ泊の予定。
50Lのお気に入りのDANA DESIGNEBOMB PACKにはテントとシュラフなどのキャンプ道具達。久しぶりの登山で少しばかりひざが痛くなってきた。
重い荷物と上りは体力をどんどん奪ってゆく。途中から完全にひざに来てしまった。
でもがんばって涸沢ヒュッテに3時過ぎに到着。計画から2時間遅れ。

やっと昼食、1時に到着して昼休憩から後に一気に奥穂高山荘に行く予定でしたが、
全員一致でここに泊まり。ベースキャンプにして明日は荷物を持たずに行こうということにしました。

それにしても雪渓・・・学生のころのスキーキャンプの立山以来です。
テントの設営、夕食へと8時過ぎテントの明かりが一つ、また一つと消えてゆく都会では味わえない大自然の情景。そして、満点の星空ってこんなことを言うんだろな、天の川が視界いっぱいに広がります。
素敵な仲間と食事し、地球の営みを感じながら、いろんな話をする。他では味わえない素敵な時間です。


これから上高地へ行かれようとする皆さんにアドバイス・・
半分くらいの人はダウン着で登っていました。山の装備はお忘れなく。

2011-07-24

高校生東北商店街

東北地方復興のためボランティア活動をしていると、普段は知り合わない様々な業種業界の方との絆が繋がって行きます。

そんなご縁で、神奈川県の高校生が、東北地方の8校の生徒を横浜(平塚)に招待して物産展を開催するとの事。

東北へ行ってボランティア活動したり、物資を送るだけではなくて、こういう支援もありなんだと教えていただきました。

何といっても次の若い世代が主役となって企画して活動していることが素晴らしいと思います。こういう活動はどんどん広がっていってほしいものです。

横浜(平塚)を通る際は、「がんばれ!」って声をかけてあげてください。

2011-07-22

原宿のクレーン

突如大きなクレーンが目に飛び込んできました。

明治通りと表参道の交差点、神宮前交差点に出来るビルの現場です。
建設の進化とかいろいろとすごいなと思ってみたり。
こんなの地震とかあっても本当に大丈夫かなと考えたり。

六本木ヒルズは、ほとんど自家発電らしく災害時もシステムが落ちないと聞いたことがあります。
外資の金融が入る為の条件とか(だから家賃も高い)。
しかし未曾有の災害時も商売は続けて、利益を出し続けるべきなのか。

今年は・・・・であるべきなのか?とよく考える事が増えたような気がします。

このクレーンは私たちにとって必要なのか?
ふと、私たち自身の中にも心の中に、こんなクレーンがありやしないかと思った・・・

2011-07-21

3連休 Vol.2

2日目は昭島にあるハーレーダビッドソンディーラーでのイベントにフリークスのメカニクスが出店。

ハーレーのお店だからもしかしたら誰かに会うかも・・・と思っていましたが、
案の定、BUCOのヘルメットで有名なマッコイの岡本さんと遭遇。以前はヘルメット作りに一緒にアメリカへいった仲。

岡本さんのレーシングマシンです。1940年代のマシンで実際の最高速230キロは世界最速ビンテージマシン、かっこいいです。

ペインターのスーさん、懐かしいメンバーです。10年くらい前にBELLというヘルメットの代理店をしている頃によく会っていた仲間。

そして え?金田君?元うちのスタッフだった金田君がハーレーのディーラに勤めてメカニクスの担当者とのこと、嬉しいです!やめてからも繋がる人間関係すばらしいことです。よろしくね、金田君。

そして会場を後にした私は立川ルミネ店に・・・関西出身の西村店長が引っ張る立川店。洋服が好きで好きで入ってきた彼は商品部で仕事をするのが夢です。夢かなえろよ!

それから町田店へ。M大野球部出身の阿部君以下頑張り屋の多い店。粘り強く最近は売り上げも調子よくて急上昇中の店舗です。野球しか知らない彼らと来週は波乗りにいく予定です。もっと面白いスポーツがあることを教えてあげたいな。


急ぎ足で横浜店に。ここもスタッフが育ってきた。将来有望の店。この連休、暑い中でも頑張ってくれるスタッフに頭が下がります。


そうそう、もう秋冬の商品のキャンペーンも始まりました。ロッキーマウンテンのスペシャルエディションの受注もスタートしています。昨年も一部の色とかは受注会分でSOLD OUTでしたから今年もお早目のオーダーを・・・



さて横浜とくれば・・・そうシュウマイ ・・・シュウマイといえば崎陽軒。お疲れビールで今日は終わりです。気が付けば18時間以上外に出ずっぱりでした。

そして三日目。朝から駒沢公園で10Kmラン。明るいうちに走れるって幸せです。
知り合いとばったり会ったり、明日からは最終の予算と来期の各店の戦略の最終確認、店長会、倫理法人会のイベントも入っています。今週もいつものことながら忙しくて手ごわいです。

そして、なんと!この週末は穂高縦走で挑戦です。もちろんテント泊の予定。
ブログを書いているうちにあまりに充実?忙しい自分に気づいてしまいました。

少しペースを落としながらやっていきましょう・・・

2011-07-20

3連休 Vol.1

暑い熱日の3連休でした。
多くの人は海に山に行かれた人も多かったのではないでしょうか? 本当にいい天気に恵まれました。

後半は台風のうねりもいい感じで入って波乗りやる人にとっては良かったのではないでしょうか?
ちなみに鎌倉の先輩からは、材木座で肩くらいの高さでいい波でしたよ・・・と、くれば七里ヶ浜とかはクローズでしょうか・・・


この連休はセールの期間中でもあり各店を周ってきました。自分流にお洒落とゆとりを忘れずに。
まず初日は善光寺と信州そばのお店といえば、店長はじめ、みんなフレンドリーで真面目な長野店。
ちょっとドンくさいかもしれませんが、実は、長野は僕の第2の故郷なのです。
ドンといってもゆったりとした人当たりの良さが持ち味なのです。
お参りしながら美味しいもの食べて、さらに温泉・・実は市内にいいのがあるんです。そして最後はフリークスでショッピング。これで完璧な休日スタイルです。

私はB級グルメが結構好きです。それを食べたくてフラっと遠くまで旅をすることもあります。これまでも、青森は黒石の焼きそば、盛岡のじゃじゃめん、、挙げればきりがありません。

そんなの追っかけて・・・B級は小さくて個人のお店がほとんどなのです。それゆえに料理だけでなく、地元のこと等いろいろと聞いたり出来て旅が数倍楽しくなってくるのです。だからやめられません。みなさんにもぜひお勧めです。



さて長野店には私物のバイクが飾ってあったので引き取りに行きながらの訪問でした(CB750Kは生まれてはじめて風を感じたバイク)憧れだったです。いつかはこのバイクを、この色で、と思って探したバイクなのです。私もそうですが、欲しい車やバイクというのは、映画の中であったり憧れの人から始まるのです。

さて、これにまたがり東京へ戻る途中にある車・・・スイングを見に・・・

知っている人いますか?VWの傑作で尊敬するラルフローレンが乗っているのを見てから、いつかは手に入れたいと・・・憧れていました。もともとドイツの軍用車キューベルが原型です。いつのもようにミリタリースペックのもの、道具として使われているものになぜか惹かれます。といっても高い車ではありません。

バイクも車も風を切って走るのが大好き、だから車もオープン・・アメリカでいうとコンバーチブルがお気に入り。


あれ?道沿いのSHOPにスイングが・・・??
普段は本当に見かけない車なのに田舎の町に2台?

いつかはフロントウインドも下げて乗ってみたいです。そのオーナーは他にこんなもの持っていた 

それで東京に帰る道中はいい天気だしツーリング気分。美ヶ原を越えていくビーナスラインは何度きても気持ちの良いコース。夕方東京に着くとさっそく翌日の準備が・・・


つづく。。。

2011-07-16

中堅のひと言

私の会社では毎日朝礼をやっています。
元気に一日のスタートを切る為と、全員で心を一つにしようという試みです。
本部は毎週月曜日が全社朝礼になっています。司会は当番制でみんなで持ちまわり。
今週の月曜は入社4年のNくん。当番は最後に一言を話さなければなりません。
彼は、マザーテレサの言葉で大好きなものがあります。それををお送りさせていただきます。と。

『思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。』

素晴らしい学びを得られました。小さいこと一つ一つが積み重なっていき、結果として自分の人生をも変えてゆく。こんな素晴らしいコメント話してくれる若い中堅社員がいることを誇りに思いました。

夕方、そんな彼からメールが来たのです。昼休みに登山案を作ってみました。

上高地までの道は7月頭に復旧したようで、今は制限なしで通行可能だそうです。
上高地→明神→徳沢→涸沢ヒュッテ(昼飯)→穂高岳山荘→奥穂高


なかなか登りがいのあるルートではないかと思います。
彼らと穂高の縦走に挑戦しようと思っています。


上高地といえば河童橋が有名です。
この河童橋、地元ではちょっとした論争があったそうです

さて、中堅Nくんの言葉を改めて自分の中で咀嚼して胸にきざんでおきたいと思います。

2011-07-13

cafe Hohokam

いい店の条件ってなんだろう?と、自分でも店を経営しながらいつも考えています。

いい店はたくさんのお客様が来る店だよと、昔、先輩に言われたことがあります。
同じように、いい家は大勢のお客が来る家。
いい人は多くの友人がいる人と。

いい得ていると思いませんか?
いいものは誰もが良いと思い、だから、良いものを人は利用したいと思うのでしょう。
その観点からすると楽天やZOZO TOWNは利用者からしたら便利でいい店なんだろう・・・きっと

最近ランチした中でいい店だなと感心した店がありました。
店の名前はcafe Hohokamというバーガーレストラン。
アメリカのデザートをコンセプトとしたレストラン。

やはりいい店の条件の一番はいい商品だと思います。食べ物屋は料理が美味いこと、服屋はかっこいいこと。なんといっても人は商品を買いに来るのだと単純に思います。
そして次に、店がいつもお客様を考えている、つまり意識がお客側にある店であること。
お客様への心配りができて知らず知らずに心地よくなってしまう店。
最後に、店全体の環境がきちんと自然に収まっていること。
別に新しいとか古いとかというのでもなく、統一感があるなしというでもなく、
コンセプトと言うコアにきちんと物が向いているかということが大切だと思います。


温泉に例えてみると、まずはお湯自体が本当にいい湯かどうか?宿はもてなしの心があるかどうか?(これが意外と無いものが多い)。
そしてよい加減で環境があるかどうかです。(いい加減、デタラメということではなくて、”よい”加減が大事です)
以前に訪れてこのブログでも書いたことのある酸ヶ湯(青森県八甲田)なんてまさに最高の温泉ではないでしょうか・・・
最近の受け狙いで部屋ごとに露天風呂を設置しているような高級宿よりよほど心地よいです。


そんな辛口の私がいいなと思った店、Hohokam。
美味しいし、かっこよいし、路地裏でわかりにくい場所での営業なのに、いっぱいのお客様であふれています。THE GREAT BURGERという会社がやっている店です。
以前もオフィスの近くにお店があってよく利用させていただいていました。
デッキのオープンエリアも植栽とかミストマシンとオーニングとか、いい感じで居心地がよいです。

ランチだけでなく、ディナーも良さそうなバーガーレストランってあまりないでしょ・・・
原宿にお越しの際は是非一度お試しあれ。

2011-07-11

子供の遊び場と仮設住宅

石巻市中里小学校で、支援物資の配布と炊き出しのお手伝いをしました。



この活動を企画したのは、地元のママサポーターズの八木先生。先生の狙いは、被災者への支援物資の配布や炊き出しの援助だけでなく、行政への問題提起を含んでいるとのことでした。

この小学校の校庭に仮設住宅が建設される予定なのだそうだ。そうなれば子供の遊び場がなくなってしまう。もちろん仮設住宅は必要。でもところ構わず建設していいのだろうか?という事を考えるきっかけにしたいとのこと。

石巻市だけでも仮設住宅8000戸が計画されているそうだが、もちろんそのほとんどが公共用地。まとまった場所を確保しようとしたら、郊外の少し不便な場所になってしまう。それでは被災者が入居してくれない可能性があるし、また不便さ故に入居しても被災者が引きこもってしまう事も考えられる。

逆に便利で、広くて、、と探していくと市内の公園や学校がターゲットになってしまう。そうなると被災者を救うために、子供の遊び場を奪うことになるのではないか?

将来の復興を担う子供の教育と成長は、ママさん達だけでなく、市にとっても重要な問題のはず。行政もその事を忘れないでいてほしい。仮設住宅といっても、一筋縄では行かない。みなさんはどんな解決策を思いつきますか?


さて、夏になると必ず噂になる流しそうめん。私も初体験しました。楽しかった。

2011-07-08

石巻市、復旧から復興へ

今回は、鹿島研さんの許可を頂いて、不肖「長田」が石巻、陸前高田、遠野などでボランティア活動して感じた事を少しだけお伝えさせていただきます。
(鹿島ファンの方、申し訳ありません)

まず、石巻市内の様子。
市内はだいぶ綺麗になりました。道端に山積みされていた瓦礫等も一次集積所にほぼ集められています。商業施設もぼちぼち営業を再開し、見た目は日常を取り戻したようです。ただし南浜町などの完全に流されてしまった地域は、建物の基礎を残して平原のようになってしまっています。

報道でもあったようですが、とにかくハエがすごいです。道を歩いている時は気が付きませんでしたが、避難所、公園、はたまたレストラン内!までハエがぶんぶん飛んでいます。寝ている間に鼻の中にハエが入って寝ていられないとういう話も避難所で聞きました。あちこちでペットボトルで作ったハエトラップ、昭和の雰囲気のハエ取り紙を見ることができます。

そういった片付いた石巻市の状況を見て、もうボランティアが必要無いと思ってはいけません。確かに”片付けだけ”をやるようなボランティアチームはどんどん撤退しています。実際は、ボランティア活動が復旧から復興へと徐々に移行しているだけです。未だに瓦礫撤去等のニーズはありますし、避難所生活をしている方もたくさんいらっしゃいます。ですが、活動の中心は、避難所、仮設住宅への福祉サポート、さらに復興へ向けた経済活動へのサポートになっています。

ですので、これからのボランティア活動はとても慎重にすすめる必要があると感じています。なぜなら復興の中心はあくまでも地元でなくてはならないからです。大勢の人が外部から来て、町をきれいにして元気にして、ハイさようならでは駄目なのです。自分の街は自分で復興させる。そのコンセプトを前提として、足りない点をボランティアが補うという形が理想ではないでしょうか。

そういった中、地元の石巻商業高校の女子高生が、石巻を元気にするためのアイディアを持っていたので、ちょっとお手伝いさせていただきました。

ラジオ石巻で復興支援番組をはじめました。
毎週水曜日午後4時半から大好評放送中です(直接聞きたい方は石巻へGO!)。


仲良し二人が学校に通いながら、ボランティア活動も行い、さらに素人ながら番組製作もこなしています。これに私達県外ボランティアが企業のスポンサーをマッチングさせてあげて少しでも地元にお金が回るようにサポートしています。

すでに行政や大手NPO団体等には、全国から義捐金や支援金が集まっているそうですが、ほとんど地元におりてきていません。ですから本当に被災地を支援したいのなら、上記の番組スポンサーのように、経済活動や仕事として地元の企業やボランティア団体などを直接支援したほうが効果的だと思います。支援した側もお金の使い道がはっきりするので安心です。

これから、夏休みに向けてボランテイァを企画している方は、前述したような状況なので、ボランティアセンターに連絡するなど地元のニーズをよく聞いてから現地に行くことをお勧めします。ボランティアはまだまだ必要ですが、勘違いして完全武装して被災地に入ったものの、瓦礫が無い!なんて事にならない様に注意してください。

とりあえずここまで、、

2011-07-06

今やるべきこと 考えるべきこと

梅雨の間の夏日です。東京では30度をこえるとの予報です。
フッと震災地のことが気になります。被災者の皆さんが本当に復興に向けて進んでいるのだろうか・・・と

あれから3ヶ月以上がたち季節も変わりました。

先日ハーバードの知性は今回の震災をどのように見ているのか気になる番組がありました。

HARVERD FOR JAPANというハーバードの学生が立ち上げた震災の支援団体が呼びかけて行ったものです

IAEAの元事務次長のハイノネン教授。
ハーバードの近代日本研究者の第一人者であるアンドリュー教授。
メディカルスクール 救急医療の専門家のステファニーロズボロウ教授。
政治哲学からはマイケルサンデル教授。
都市計画 ミホ マゼレウ講師。




このメンバーでのシンポジウムは大変興味深いものがあります。
今回の震災からどのような教訓を学べて何が出来るのかというものであり、シンポジウムを通じこの震災は私たちを変えるのか?ということに対しての自意識は変化しているのか?

折りしも先日の東電の株主総会で異例の人数と時間の中で原子力発電の今後については法人株主が多い中で全面撤廃は否決されました。

シンポジウムでは、グローバル時代といわれる今の時代に市民としての意識、責任というのは世界規模で果たされるのかという問いから始まりました。

アダムスミスの問い
 はるか遠い国で突然未曾有の災害が起こったとすると人々は強い哀悼の意を述べ悲しみを伝え人間の命のはかなさについて感傷的な考察をするでしょう。これらの美しい考察が過ぎると、それぞれが属している国、文化やアイデンティティーのほうが支配的になるのです・・・と。
 要は自分の痛みでなければその気持ちは持続できないということです。

しかし同情からさらに深い係わり合いに深い人間関係を築くことができるのか、
より広いコミュニティで自然に対する方法について、原子力の今後について 同情に頼ることなく話し合うことが重要です。
根本的に答えを出すのが難しい事柄です。その前提の上で、国を超えて議論してゆくことがあれば永く続くのではないでしょうか?

人間の共感と関心はグローバルにはなりえないという古い議論が変わろうとしています。
 本当に国を超えたグローバルな市民としての意識を共有することは本当に出来るのでしょうか?
もし、このように倫理、政治、哲学などの難しい問題について時には議論し合い、反駁しあってもお互いの意見に耳を傾け学びあうことができるならば、これからは国境とか文化の線を越えて今まで出来なかった経験してこなかったようなことが実現できるかもしれません。

1757年のリスボンの地震では壊滅的な被害がでました。 地震から火災が起こり津波で船や港は壊滅的な被害を受けています。やがてヴォルテールルソーカントらによってこの災害はどのような意味を持つのか

神の怒りの表れなのか・・・
犯した罪への罰なのか・・・黙示録的
それとも科学が説明できる自然現象なのか など
これは当時の啓蒙思想の劇的なの始まりと重なったのです。

今回は同様にグローバル時代の初頭にあたり世界中の人が同時に目撃され、理解されました。
 未成熟でそのアイデンティティを身に着けるのがまだ難しいがそれが始まるのかとても興味があります。
 そうなるかどうかは私たちの意識と意欲が問われていると思います。

シンポジウム会場からの質問では、今回のような問題では意識に必要なのは理性か感情なのか どちらが必要なのか などの質問が飛び交っていました。

それぞれの教授からの意見では、、
災害時の医療について色々な経験があり日本はとても防災対策が出来ていたと思います。ハイチなどの例では人的災害が多く見られました。
日本での教育や防災計画については被害防止については優れたものがあります。 もし無ければもっ大きい災害が出た可能性があります。
数千人規模の人たちがそれぞれの避難所で屋根の下にいられることも驚きです。 ただ緊急時の意思決定やリーダーシップが通常の全員のコンセンサスを取りながら進めてゆくやり方にはスピードが出ずに問題が感じられた。
政府や団体のリーダーが決断できない合間に何もできないことがままあった。 非常時は日常と違ったリーダーシップを用意する必要があります。
情報の公開のあり方が、災害時の情報は可能な限り正確に、正直に、市民に対していち早く公開されるべきです。 たとえその情報が悲観的なものであってもまず真実を伝えることによって情報不足からくる不安や恐怖からは逃れることが出来ます。
今後復興に移ってゆくのですがメディアが取り上げる回数が少なくなると復興しているかのような錯覚に陥りやすいのですが、実際の復興には、かなりの時間がかかります。

原子力では日本はきちんとマニュアルを用意して災害時の訓練もしていました。 しかし福島では問題が続きました。 地震には耐えましたが、決定的だったのは津波でした。 施設の電源は失われましたが地下の発電が使えず予備バッテリーも浸水してしまったのです。
 そうなると、橋も燃料も何もインフラがなくなってしまったのです。 全てが金属で出来ている原子炉は冷やさなければなりませんがそれが出来ずに燃料が溶けてしまい水素が発生し爆発。 しかし翌日には住民を避難させて最小限にはなっていることは評価できます。 この状況は一年くらいつづくでしょう。

吉田兼好 徒然草 世は定めなきこそいみじけれ。
 
地震を細かく予知することは出来ません。何が起こるかわかりません。
しかし今回は情報開示に問題があったように感じます。 事業者側に問題がありました。 同時に10件の事故が多発的に起こったためにその余裕すらなかったのです。基本に立ち返り再度安全について現場が点検することが必要です。

このような災害の時に全てがスムースに判断して行動してゆくことは無理なことです。 そしてそんな時に誰が悪いとか、すぐにマスメデアは犯人探しをしますが、それには疑問を感じます。
想定外だったのかは疑問が残ります。 グローバル経済の影響が世界中に出るとは誰も知らなかったことです。

防災という分野において日本は先進国でありそれなりの投資も桁違いでありそれはとても大きなことです。 競技場が防災センターになったりできるようにそして備蓄物がしっかり用意されています。
阪神淡路大震災以来多くの費用やノウハウが注ぎ込まれたのです。 また多方面からの検討できる組織が必要なんです。 環境への配慮も必要です。

まさに色々と専門家の立場から見ると問題と解決方法があると思います。 
初めに書いたハーバードはそのコミュニティーはある意味、知識で震災について寄与してゆきたいとありましたがこのシンポジウムから多くを学び、貢献するためには私たちは教えと学びと両面がありますが驚くほど学ぶことがあることに正直驚いています。貢献するにはそれを一緒にやっていくことが重要です。 HARVERD FOR JAPANは素晴らしいと思います。
HARVERD WITH JAPANという取り組みでもあるということを示しています。


初めの話に戻りますが、進んだと思っていても復興が意外と進んでいない実態があるようです。
 僕もまた再度の支援にいってみるつもりです。
ここのところ行くなら一緒に行きたいという意見も多く寄せられます。 もし興味がある人が僕のブログを見てくれたならばFACEBOOKなどでご意見とともに寄せていただきたいと思います。

それと同時に自分というレベルで今回の震災について何を学び何が貢献できるのか考えてゆくことが、私たちの使命であると思うしそれが集まった時に世界が変わってゆくと思います。


世界中の民主主義が苦戦している印象を持っています。ある種の無力感に襲われているかのようです。
 そんな時こそ向き合ってお互いの意見に耳を傾け恐れることなく、現実から避けることなく話し合って欲しいと
サンデル先生は締めくくっています。

2011-07-04

屋形船

今日は屋形船のお話です。

10年一昔とは昔の人はよく言ったものです。
フッと気が付くと10年以上共に仕事をしてくれている社員が9名もいるのです。
その全員が会社の中心でそれぞれが推進力となってよくやってくれています。

新人よりも、時間も内容も格段に仕事をこなしてくれています。
経験者なのだから、当たり前といわれればそれまで・・・そうではないんです。
会社は生き物、良い時も、苦しい時も、笑顔もあれば怒りもありました。
10年の時間の中には、様々なことが起こります。

そんな中で仲間と会社を信じて共に頑張ってきたこのメンバー。
何かしてあげたいな・・・と思っていたら、
そこに偶然「屋形船でてんぷら&飲み放題・・・どうですか?」と、いいねそれ!

ということで今日は屋形船での飲み会?感謝会となりました。


屋形船で海風受けながらの古い社員たちとの宴席は心地いいものです。
若い社員たちとは違う空気、なんだろうか気心とでもいうのだろうか、いろんなことが変な遠慮なしに言えます。
みんなも私の良いところも欠点も承知の上で今まで付き合ってきてくれた仲間。

長きに渡りよく頑張ってきてくれたと感謝の気持ちが自然とこみ上げる瞬間。
いつしか入社した頃の歌を歌おうか・・・どんな曲だった?
15年以上の社員もいるから・・・・


長い事だけが素晴らしいとは言い切れませんが、
やはり長きに渡り共に仕事を過ごしてきた仲間は、いろんな意味で戦友です。

いつも一緒に頑張ってきた仲間は社員という言葉では表現できない、仕事を超えた仲間になるのです。
そういう本当の友は大切にしなければならないと再度思った夜でした。